
僕はルーティンを重んじている。
理由は単純で、なるべく迷いたくないから。
意思決定そのものがストレスになるし、判断が増えるほど認知的不協和も起きやすい。
だから、日々の行動をあらかじめルール化して、何も考えずに動ける状態を作っている。
ルーティンの計画を立てるとき、僕は未来の自分をほとんど他人のように扱っている。
未来の僕がどう動けば一番得をするかだけを考えて、面倒くささやしんどさは計算に入れない。
純粋に「やったらプラスになること」だけを並べていく。
ところが当日になると、その計画を実行するのは未来の自分ではなく、今の僕だ。
計画を立てたのは過去の僕だが、その過去の判断は、感情抜きで「僕にとって一番いいこと」を選んでいる。
それをやらないとしたら、それは状況が変わったからではなく、ただ言い訳を探しているだけだと思っている。
こうして認知的不協和が起きやすいので、僕のルーティンはイフゼンプランニングに任せることが多い。
「起きたらこれをやる」。考える余地を残さない。
僕の場合、起きたらまずお湯を沸かす。
白湯を飲み、モーニングページと呼ばれるジャーナリングを30分やる。
それが終わってから、ようやく作業に入る。
大層なことは何もやっていない。
難しいことをすると、確実に続かないから。
ただ頭の中にあるものを言語化して整理しているだけだけど、これが意外と効く。
自分が何を考えていて、何を大事にしているのかが、後から見えてくる。
意思決定は1日に35,000回あると言われているけど、ルーティンを意識してから、決断疲れがどれだけ生活を苦しめていたのかがよくわかった。
ちなみに僕の場合、ルーティンというよりシステムに近い。
朝に雨が降っていたらジョギングはしない。
モーニングページも朝活なので、朝食前にできなければやらないし、そういった類のものはすべてルール化している。
結局のところ、ルーティン化とは日常を仕組み化すること。
なるべくノーストレスで生きるために。
吉﨑家の家訓は「心の健康」なので。